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『In My Soul+2』発売を記念してメンバーから素敵なコメントをいただきました。

第三弾は関島岳郎さんです。続けて第二弾のロケット・マツさん、第一弾の駒沢裕城さんです。それではどうぞ!

 

くじら“ドラゴン”オーケストラ雑感

 

1983年の秋、大学の友人を中心に結成したドレミ合唱団というバンドで、初めて都内のライブハウスのイベントに出演した。原宿のクロコダイルで行われた「秋の夜長ライブ」というタイトルのそのイベントには、キリング・タイム(初ライブだった!)、まだあまり知られていなかったゴンチチ、元はちみつぱいの本多信介+駒沢裕城など様々な人が出演していたが、とりわけ印象に残ったのがくじらだった。PAを使わずに客席を縦横無尽に使って、耳に残る独特なメロディと歌詞の音楽を奏でる三人組のくじらに圧倒された。

そして、その後何度かくじらのライブに足を運んだこともあったが、再びくじらと大きく出会ったのは1990年のことだ。当時コンポステラという管楽器三人のバンドを一緒にやっていた篠田昌已に、大編成版のくじらを作るにあたってホーンセクションのオファーがあり、それに誘われたのだ。9人編成のくじらオーケストラの初ライブは1990年の大晦日、インスクスティック“スズエ”ファクトリーの年越しイベントだった。

そこからの活動は、約2年間という短い期間だった。しかし振り返ってみると、たった2年と思えない濃密な時間が思い起こされる。1991年の早い時期に初めてワンマンのコンサートをやったのが二子玉川のアレーナホールだったが、おそらくその時はくじらの楽曲を元にしたセッションバンドという雰囲気だったと思う。そして1992年の後半に最後のコンサートをやったのも同じアレーナホールだが、その時はくじら“ドラゴン”オーケストラならではの独自のバンドサウンドを出していた。1991年の半ばに「In My Soul」のプリプロダクションとレコーディングをそれぞれ合宿形式で行ったのが大きいだろう。プリプロダクションを行ったのは富士五湖の西湖湖畔の築100年の藁葺き屋根の日本家屋だったが、あの時の次々と楽曲を皆で仕上げていく喜びは尋常ではなかった。

ちなみにトロンボーンが初心者級の自分にとっては、演奏料をもらいながら勉強させてもらっているような、なんとも申し訳ないような場でもあった。僕も今では現場で最年長になることが少なく無いが、くじら“ドラゴン”オーケストラでは最年少で、キャリア的にも未熟であった。楽器の演奏のみならず、音楽の組み立て方や音の方向、そして音楽を取り巻く状況などいろいろなことを学ばせてもらった。

今「In My Soul」を聴いて思うのは、あの時代、あの時にしか出来なかった音が詰まっているなあということだ。このようなプロジェクトにレコード会社が予算を出せる時代でもあった。同年代のミュージシャンが集まって話をしている時に「バブルの恩恵を受けたことがあるか」という話が出ることがある。バブル経済とは遠いところにいたような自分ではあるが、その名残りとして音楽に予算が使えた時代に、くじら“ドラゴン”オーケストラのようなバンドに参加できたことは、「恩恵」以上のことだったのではと思う。ありがたいことである。

関島岳郎

 

「くじらドラゴンオーケストラの思い出」

 

もうどのくらい前になるのだろう。すごい昔という事はたしかだなぁ。

素晴らしいメンバーのみなさんに混じって、僕はよく出来たとは言えないのだけど、、

くじらドラゴンオーケストラから教わった事はいっぱいある。

杉林くんの曲が持つ「大きな感じ」「みんなで一緒に山を登って行く様な感じ」、ステージが始まってしばらくするとお客さんもバンドも、

会場全体が明るく大きく、どんどん広がって行く様な感じが好きだった。こう言う優しくていい感じの曲を、大人数編成で演奏出来た事は貴重な体験だったと思う。

そして、コンサート幕間の「幕間オーケストラ」!!  よかったなぁ。大好き。

僕は、ドラゴンオーケストラの数年後に、パスカルズという大人数編成のグループを作った。始めてからもう22年にもなるけれど、、

ドラゴンオーケストラが教えてくれた事は、確かにいっぱい入っていると思う。

 

今回「インマイソウル」が再リリースされて、もしかしたらライブもあるかもしれないとの事、

おめでとうございます。楽しみです。

 

ロケット・マツ

 

 の曲もほとんど忘れかけていたのだけれど、そのせいで逆に客観的に聞くことができた。そして、改めて聞いてみると楽曲のユニークさと演奏のクォリティの高さに本当に感心した。

 まず、くじらのオリジナルメンバーの基本ビートがすごくいいこと。単に正確であるとかよく合っているとかいう技術的レベルを超えて、ビートそのものに喜びとか愛といったものがすごく感じられる。聞く人の、眠っていた生命の躍動を体の芯の方から引き出して無限に伝播していくような不思議で強烈なエネルギーを感じる。リズムだけで人を幸せにすることができるのだということをこのバンドは証明していると思う。そして他のメンバーからその本来の力を見事に引き出している。僕もその一人であったのだが、このセッションを通してリズムやノリといったものの理解が非常に深まったことを再確認した。これは体験を通してしかわからないことかもしれない。また、アレンジのシンプルさもとても好感できる。必要かつ十分な音数で、タイトなリズムに寄り添い、音の隙間から向こうが透けて見えるサウンドは、音楽の構造の美を際立たせ、アンサンブルの醍醐味を味

 そして、このサウンドに乗った杉林君をはじめとしたくじらのメンバーの伸びやかな歌声と楽曲は国籍不明ながらもエキゾチズムに溢れ見知らぬ世界に旅立たせてくれる。久しぶりに聞きながら、このセッションの記憶が次第に蘇って来た。

 本来、フリーにプレーさせたら途方も無い世界連れて行ってくれるにもかかわらずセクションのアンサンブルに徹した、今はなき篠田君、そして律儀な盟友の関島君のたった二人のホーンセクション。無邪気とアグレッシブの綱引きのをしながら引くところはひく見事なメリハリの玉城君のギター。この時が初対面で、セッションが始まってからしばらくの間、遠目に女性だとばかり思っていたロケットマツさんの出しゃばらないくせにロマンチックで印象的なプレー。そうそう、くじらの4人についても話しておかなければならない。まずは、杉林君、この飄々とした風はどこから吹いてくるのだろう。いつでもでどこでも全く力まない素晴らしいボーカルとカッティング、シュールだが不思議に思い当たるところのある歌詞、透明な長良川のごとく清濁合わせ飲みただただ流れてゆく、不思議な人だ。キオト、あまり目立たないが自分の理想に着実に目的に向かっているのが彼だ。そう、彼は「慣れればいい役」なのだ。そして幸田君、寡黙だが誠実で嘘のない少年の心を持ったベース弾き。それから楠君、僕がもっとも好きなドラマーはこの人だ。テクのある人は沢山いるが、叩くのが楽しくて幸せで仕方がないという気持ちがこれほど伝わってくる人はいない。以来、僕は何かを叩くのが好きになってしまった。この4人とくじらのメンバー4人の、あれ、一人足りない誰だっけ、あ、僕だ、みんなの顔を思い出していたら自分の顔だけがなかった。

 何はともあれ、このセッションは本当に自然に進んでいった。やり進めるうちに誰が決めるというわけでもなく自然に自然にアレンジが出来上がっていったように記憶している。あの時はそう思わなかったけれど、今となってはあの時間は何ものにも代えがたい宝物のような時間だったんだ。人生はいつもこんなもんだね。

 

駒沢 裕城

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